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140文字SS:Go!プリンセスプリキュア【1】(10話保管) 140文字SS:Go!プリンセスプリキュア【2】(10話保管) 140文字SS:Go!プリンセスプリキュア【3】(10話保管) 140文字SS:Go!プリンセスプリキュア【4】(10話保管) 140文字SS:Go!プリンセスプリキュア【5】
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「せつな、どこ~?」 桃園ラブは、東せつなを探していた。 今日は日曜日で、二人揃ってあゆみの手伝いで家の掃除中。 狭いところの埃を取ろうと顔を突っ込みながら悪戦苦闘したのだが どうにか終えて振り向いてみると、そこにせつなの姿が無い。 (……ま、せつなのことだからサボっているということは無いと思うけど。 この間みたいなことになってるかもしれないし) 前回、今日みたいに一緒に掃除をしていた時の事である。 初めて掃除機を任されたせつなは、持って歩いているだけで ゴミがどんどん吸い込まれていくのがよっぽど楽しかったのだろう。 ラブがちょっと目を離した隙に部屋を出て、玄関の外に出ようとしていたのだ。 そして、今回渡したのはカーペットクリーナー、 電気を使わないので持ってどこまででも行けてしまう道具である。 ……嫌な予感がラブの頭をよぎる。 しかし、 「ラブ?私はここよ?」 声は意外と近くから聞こえてきた。 良かった。まだ家の中にいた。 そう思って声の聞こえてきた方向を見る。 「う゛……」 その方向。 自分の視線の先にある扉を見たラブが、硬直した。 せつなは、薄暗い部屋の中にいた。 「……ここ、どこかしら?」 さっき、ラブにカーペットクリーナーという道具を渡されて 使い方を教えて貰った。 早速使ってみたところ、取っ手の先にあるローラーがコロコロと回りながら ゴミをくっつけていくのが楽しくて、次、また次とゴミを探しながら移動していたのだが いつの間にかこんなところに来てしまっていた。 (……こんな部屋、この家にあったかしらね?) 考えてみるが、心当たりが無い。 周囲を見渡しても、何かがうず高く積まれた 小山のようなものが幾つかあること位しか認識出来ない。 とりあえず、その小山に触ってみた。 (……なんか、もふもふ、してる……) タルトやシフォンを抱いてる時の感触に近いが何か違うような気もする。 とりあえずもふもふを楽しみながら、正体について思いを巡らせるせつな。 ラブの声が聞こえたのはその時だった。 「せつな、どこ~?」 はっと我に返るせつな。 そういえばラブと掃除をしていたのだった。 「ラブ?私はここよ?」 とりあえずラブに来てもらって、このことを聞いてみよう。 そう思って返事を返すせつな。 やがて足音が聞こえ、それが段々と近くなって来る。 近くで止まった時、一瞬うめき声のようなものが聞こえた気がした。 そして、 ガチャ。 ラブによって扉が開かれ、外から差し込んだ光が部屋の中を照らす。 それによってせつなが今まで触っていたもふもふの正体が明らかになる。 それは。 「……?髪の毛の、山?」 天井近くまで積まれた色とりどりのカツラの山だった。 「ねえラブ、あれって髪の毛よね?なんでここにあるの?何に使うの? もふもふしていい?いろんな色があるわね?どして?」 せつなを発見後、有無を言わさず背中を押して 部屋の外に連れ出したラブを待っていたのはせつなによる質問攻めだった。 「ストーーーーップ!せつな、一度に言われてもあたし答えられないって、 とりあえず一個ずつにして、OK?」 両手をバッ!と前に出してせつなを制止するラブ。 対するせつなはうーん、とちょっと考える仕草の後に口を開く。 「じゃあ……あの髪の毛の山、あれって何なの?」 「まあ、まずはそれを聞くよね、普通。あれは………………カツラです」 「カツラ?カツラっておじさまがお仕事で作ってるのよね?」 「………………うん、まあ」 「私、今までどんなものか知らなかったから、初めて見たわ。 でもなんで家にあるの?」 「………………確か、ボツになった試供品を置いてるって」 「試供品?」 「………………とりあえず誰かに使ってもらって、使い心地とかを聞く為に作った物の事」 「使うって、どうするの?」 「………………頭に被ります」 「頭にって?そんなことしたら暑くない?」 「………………いや、通気性とか熱が溜まらないようになってるからそうでもない……って なんでそんなことまであたし答えてるんだか」 「さっきから、ラブ、変」 「えっ!?そ、そうかなあ」 「だって、なんか言いたくないことを無理に言ってるみたい。どして?」 「え、や、やだなあ、そんなこと無いってば何言ってるのかなせつなは」 「……」 せつなは黙ってラブの顔を覗き込む。 最近、聞きたい事にラブが答えてくれなかった時にするようになった仕草だ。 せつなの澄んだ光沢を湛えた赤真珠のような瞳に見据えられると、 ラブは心の中まで見透かされたような気分になってしまうのだ。 (ああもう、本当、この子には隠し事出来ないなあ) 観念すると、質問に答えるべく口を開く。 「あのさ、あたし実は……お父さんの仕事、あんまり好きじゃないんだ」 「そうなの?」 「うん……ちっちゃい頃に、次に出す子供用のカツラを決めるんだーって 一日中付き合わされた事があるんだけど、その時にお父さん、 カツラを選んでは被らせるって、そればっかりで、 あたしが話しても全然答えてくれなかったことがあってね。 自分がお父さんの人形みたいになっちゃったような気分になって、 ……最後は大泣きしてるところにお母さんが飛んできた」 せつなは黙ってラブの話に耳を傾けている。 「……お父さん、カツラの事になるとそれしか見えなくなるんだよね。 悪気が無いのはわかってるんだけど、それ以来、カツラのことを出されると どうも反発しちゃうんだよね」 「……そうだったのね、私はそんなラブやお父さんを見たことないから知らなかったわ」 「お父さん、せつなが来てからはあたし達の前でカツラの話してないからね」 「……ねえラブ」 「何?」 「私、この部屋の中、もっと見てみたい」 「えーーーーーーーーっ!?」 「ダメ?」 「ダメダメダメダメ!!カツラなんて見るもんじゃないし触るものでもないってば」 「私は見たいし、触ってみたいけど。 おじさまの仕事の事、よく知らないから ……それでも、ダメ?」 「うーん」 考え込むラブ。 せつなはまた黙ってラブの顔を覗き込む。 先程と違って、その瞳に映っているのは 彼女にとって未知の存在であるカツラに対する興味と期待。 この状況でダメって言ったらせつなガッカリしちゃうよね、と思ったラブは、 「……しょうがないなあ、ちょっとだけだからね」 この状況でダメって言ったらせつなガッカリしちゃうよね、と思ったラブは、 それでもかなりの躊躇の後に、了承することにした。 「じゃあ、入るよ、せつな」 「うん……お邪魔します」 そして二人は、部屋の中へ。 ラブがスイッチを入れて、灯りをともす。 それによって、先程は一瞬しか見えなかった電灯によって照らされた部屋の全景が明らかになる。 「……うわぁ~」 「………………前に見た時よりもさらに高くなってるとか、ありえないんですけど」 感嘆の声をあげるせつなと、頬をひくつかせるラブ。 対照的な反応を見せる二人の目の前にあるのは、 黒に赤、青黄色緑桃色と様々な色の髪の毛の山。 ひたすら毛、毛、毛だけのその山の中にショート、長髪、坊主にツインテール、 ちょんまげモヒカン時代劇風とありとあらゆる型のカツラがうず高く積まれていた。 「いろんなカツラがあるのね。 ねえラブ、これって触ったりつけたりしていいの?」 「………………うん、お父さん前にそんなこと言ってたから、いいんじゃないかな。 そこに鏡あるから、どんな風になってるのか見たい時は使って」 「うん」 そう言うと、せつなは幾つかのカツラを手に取り鏡の前へ移動。 「ふーん、本物の髪の毛と同じですべすべなのね」 「わあ、これ美希と同じ髪型なのね、 ねえラブ……アタシ、完璧!って……これで私、美希に見える? ……背丈が足りない?……それ気にしてるのに!」 「何これ?ヘルメット?え?昔の人はこういう髪型だったの?どして?」 「あ、これは本で見たから知ってるわよ。 チョウチンアンコウっていう魚のカツラなんでしょ? え、違うの?」 触り心地を試したり、被ってみたり、 時々ラブの方を向いて話掛けてきて笑ったり戸惑ったり拗ねてみせたり。 いろいろな表情を見せてはしゃぐせつな。 (……せつな、楽しそう) そんなせつなの様子に、見ているラブもなんだが嬉しい気分になってきた。 この部屋にはあまり長居するつもりがなかったラブだったが、 もうちょっと、後ちょっとだけ、せつなが楽しそうにしている間は ここにいてもいいかな、と思いはじめていた。 (……うん、せつなが楽しそうだとあたしも楽しいからね) そう思った矢先のこと。 「ねえラブ、これおそろいのカツラみたいなの、だから一緒に付けてみない?」 そう言ってせつなが差し出したのは黄色と桃色のカツラ。 「ね、ピーチとパッションと同じ色でしょ?」 確かにラブとせつなのもう一つの姿である、プリキュアの髪の色と同じ。 「それに、形もなんだかモコモコしてて可愛いわ」 ただし、それが何かの爆発に巻き込まれた後のように丸く膨らんだ形状、 俗に言うアフロヘアーである、という一点において大きく異なるが。 「……ラブ?」 ここでせつなは気づいた。 さっきからラブが黙ったまま、微動だにしていないということを。 「ラブ、どうしたの?」 よく見てみると目も大きく見開かれたまま、瞬きすらしていない。 その視線を追ったせつなは、ラブが何を凝視しているものを理解。 両手に持ったソレをラブの前に突きつけて、尋ねる。 「これ?このカツラがどうかしたの?ラブ?」 「……ア」 「あ?」 「……アフロは、いやぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」 狭い部屋に、ラブの絶叫が響き渡った。 「……ごめんなさい、ラブがあんなに嫌がってるのに、私、はしゃいじゃって」 そう言って頭を下げるせつなに、ラブは慌てて答える。 「せつなは悪くない!悪いのはあたし……じゃないや、そのアフロがぜーんぶ悪い」 「そんなにアフロ……っていうの、このカツラのこと嫌いなの?」 「嫌いっていうか……いつもいつもあたしの意思と関係無いところで この髪型にさせられるので軽くトラウマ気味というか……」 「……ラブも大変なのね」 「いや、こんなことで同情されても余計悲しくなるんですけど……」 「とりあえず、そろそろここを出ましょ。 元々ちょっとだって言われてたのに、私のせいで随分長居してるし」 「うん、そうだね。元々掃除の途中だったわけだし」 お互い納得して部屋を出ようとする二人。 その時、せつなの視界にの隅にあるカツラが映った。 あれは……その色と形に覚えがあるせつなは、ラブを呼び止める。 「あ、ゴメンラブ、もうちょっとだけ、いいかな?」 「どうしたの?」 「ちょっと後ろ向いてて、そうしたらわかるから」 「?」 よくわからないながらも、せつなの言う事に従って後ろを向くラブ。 後ろから聞こえてくるのはもそもそと何かを取り付けるような音。 暫くすると、その音は止み。 「いいわ、ラブ。こっちを見て」 「はいはーい、一体なにかなーーっと………………っ!」 言われて振り向いた向いたラブは、彼女の姿に息を呑む。 その姿は、いや、姿形はついさっきまでのせつなと全く同じ。 ただその髪は、髪の毛の色は、 -透き通るような、銀色で- 「イ……」 思わず出かかったその名前をラブは飲み込む。 変わりに口から出るのは、戸惑いの言葉。 「せつな、どうして……?」 どうして、その髪の色の貴方は、決別した昔の姿なのに。なんで。 全てが言葉にならず、ただ、困惑の表情を浮かべる事しか出来ない。 「ごめんなさい、ラブ、あなたを困らせるつもりはなかったんだけど」 そんなラブの様子に、せつなは眉尻を下げて詫びる。 「でも、これを見たら、どうしても被りたくなって。 やり残したことを思い出したから。 ……あっ、勿論、戻りたくなったってわけじゃないんだからね。 私の居る場所は、この家であり、ラブの傍なんだから」 余計な誤解をさせまいと慌てて言葉を付け加える。 そんな彼女の様子を見て、ラブも安心する。 ……うん、確かに、いつものせつなだ。 だからラブは、あたしは大丈夫、ということを伝える為の 多少の軽口を交えつつ、せつなに続きを促す。 「うんうん、せつなはあたしの傍を離れられないもんねー。 そんなことはラブさん百も承知ですよっと。 ……それで、やり残したことって?」 「ラブったら、もうっ!」 その軽口に応じて、拗ねてみせるせつな。 その仕草には、ラブから伝えられた気持ちへの了承も含まれている。 今はこれだけの事でお互いの気持ちが伝えられるくらい、 二人の距離が近いから、 -だからこれからする話もちゃんと伝わってくれると、そう信じられるから- せつなは、話を続ける。 「うん、あの日……私が生まれ変わって、今の私になった日にね。 ピーチと戦ってすぐに、『この私』はメビウスに寿命を奪われてしまったから。 ……だから」 そう言うとせつなは、ラブを真っ直ぐに見据える。 「ラブ、私に気持ちを届けてくれて、ありがとう。 私の気持ちを受け取ってくれて、ありがとう。 私の……大切な友達」 それは、『彼女』が伝えられなかった言葉。 寿命を奪われ、ようやく吐き出した思いが報われる時間すら与えられず、 世界から消えることを強いられた『彼女』のたった一つの心残り。 東せつなとして生まれ変わってからも心のどこかに残り続けていながらも 決別した過去だからこそ、口に出すことが出来なかった言葉が、 今、形になった。 そして、ラブは見た。 『彼女』の顔に -かつて、人を蔑み、幸福を憎み、運命を悲しむことしか出来なかった少女の顔に- 心からの笑顔が浮かんでいるのを。 なら、あたしも。 ラブの中にも思いはある。 あの時、思いをぶつけた、受け止めた。そして取り戻そうとした。 でも、最後の最後で取り戻せなかった。 だから言えなかった言葉がある。今この時、多分これが最後の機会だから、伝えたい。 「うん……あたし達は、友達。これまでも……そしてこれからも、ずっと。 だから、あたしが貴方を幸せにしてあげる。 今まで苦しんでいた事、心で泣いていた事に気づいてあげられなかった分、 それを取り返しても有り余るくらいにね。 ……今度はわたしが羨ましいと思うくらいに幸せにしてあげるんだから!」 言い終えるとラブは、目の前にいる少女に「ね?」と笑いかける。 少女もまた、うん、と笑顔で頷いてみせる。 そして二人の少女は、どちらからとも無く、寄り添い、互いに手を回し、 それが誓いとばかりにお互いを抱きしめ合う。 ほの明るい部屋の中、無言で抱き合う少女達。 やがて、その一人の頭の上の銀色の髪の束が、 最早役目を終えたとばかりに音も無く、床へと滑り落ちた。 「ねえ、ラブ……?」 「ん?」 それから暫くして、最初に口を開いたのは、東せつなに戻った黒髪の少女。 「おじさまの仕事って、素敵ね」 「ええ~?」 その言葉に、心から同意出来ない、という表情を浮かべるラブ。 「……本当に今までいろいろあったのね」 「………………まあね」 「でもね、これのおかげで、私はラブに届けることが出来たから」 今日この日、この部屋で、今は足元にあるこの銀色の髪の束を見つけたから。 もう二度と、なることは無いと思ってた姿に戻る事が出来たからこそ、 あの時、あの場所に置いてきてしまったものを届けることが出来た、そうせつなは思う。 「だから、ラブには悪いけど、私は、素敵だと思う」 「……そっか」 せつなの言葉に表情を緩めて、ラブは素直に頷く。 「あたしもね、お父さんが自分の仕事に一生懸命なのはわかってるんだよ。 それがあたしにとってのダンスと同じで、「夢中になれること」だってこともね。 お父さんが「付けた人を幸せにする為に最高のカツラを作るんだっ!」て 言ってることも知ってるし」 「それって、ラブの「幸せゲットだよっ!」と似てるわね」 「……そうかな?似てるかな、あたしはちょっと違うと思うけど」 「ううん、違わないわ、そっくり」 「タハー、前に美希タンとブッキーにも同じ事言われたっけ。 ……とりあえず今日のところは、せつなの役に立ったってことで、お父さんのカツラに感謝、かな?」 そう言いながら、せつなの足元にある、銀色のカツラを拾って自分の頭に被せてみるラブ。 「どうかな?あたしでも似合う?」 「ううん、似合わないわ、全然」 「……はっきり言ってくれるなあ、ラブさんちょっと傷ついちゃったよ」 「だって似合わないもの。銀色は夜の色、月の色だから。 私はラブに合うのはこっち、昼の色、太陽の色の金色よ」 せつなは部屋の中のカツラ山の中から、一つを選んでラブの頭に被せる。 彼女が選んだのは、金色に輝くツインテールのカツラ。 「うん、やっぱりこれがラブには一番似合うわ」 「そうかな?」 「そうよ。だってこれは……」 若干髪の光沢と長さが異なるものの、その姿は紛れも無く。 「私を救ってくれた、ヒーローの姿なんだから」 「わはーっ、ヒーローって照れるねーって、え?!」 せつなの言葉に一瞬納得しかけたラブだったが、その中に含まれる違和感にふと気づいた。 「ってせつな、わたしヒーロー?ヒロインじゃないの?」 「だって、この間本で読んだけど、 悪い魔法使いからお姫様を助け出すのは王子様の役目なんでしょ? だったら、ヒーローよ」 きわめて真面目な表情で応えるせつな。 納得出来ず反論するラブ。 「えーっ、それってせつな、遠まわしに自分のことお姫様ポジションだって言ってない?」 「そんなに図々しいことは言わないわよ。でも助けてくれたのはラブだし、 助けられたのは私よね?」 「……それはそうだけど」 「じゃあ、どっちがどっちかは明確だと思うわ」 「えーっ!じゃあこんどは私が困った時にせつなに助けて貰う!これでポジション交代!」 「私がラブを助けるって……どんな時に?」 「えっとぉ……宿題忘れた時とか……ドーナツ買いたい時にお小遣いが無い時とか……」 「……ラブ、そういう時に王子様に助けられるお姫様になっても、嬉しい?」 「……ごめんなさい、あんまり嬉しくないです」 「じゃあ決まりね。私にとってはラブはヒーローよ」 「せつなだけずるいずるいーーーっ!あたしもそっちの方がいい!」 「だめよ、これだけは譲れないわ」 そう言って笑い出すせつな。 「うーん、まあ仕方ないか、せつながそう言うならあたしヒーローでいいや、わはーっ!」 その姿を見て、ラブもまた笑い出す。 こうして二人で笑いあうことが出来る、幸せな時間。 それをもたらしたものが、今自分の頭の上にある、これならば。 (本当に今日だけは、お父さんのカツラに感謝でいいかも) 楽しそうに笑うせつなの姿を見ながら、そう思うラブだった。
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▽タグ一覧 プリキュア 音MAD素材 魔女 ニコニコで【魔法つかいプリキュア!】タグを検索する 概要
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風が止んだ。 強い日もある。弱い日もある。 でも、まるで空気が動かない日なんて、いつ以来だか思い出すこともできない。 燦然と輝く太陽。しかし、時折、通り過ぎる暗雲が大地に影を落とす。 上空では、緩やかな風が流れているのだろう。 白い雲は高く、黒い雲は低く、高低差のある雲が別々の速さで移動する。 二色の雲の隙間から、光の筋が後光となって十字に走る。 畏敬すら感じる雄大な空の景観。初めて見る空の異変に、せつなは本能的な恐怖を感じていた。 「せつな、どうしたの? 急がないと遅刻しちゃうよ?」 「ええ、ごめんなさい。ねえ、ラブ。台風の前っていつもこうなの?」 「う~ん、よくわからないよ。あたしは雷が鳴らない限りは気にしないし」 「雷も怖いけど、もっと良くないことが起こりそうな気がするの……」 授業が始まっても、せつなは空模様の移り変わりが気になって、ずっと窓ばかり見ていた。 それは他の生徒も同じようで、先生も特に注意しようとしない。 不自然なくらい静かだった外の様子が変わっていく。 再び風が吹き始め、上空の青空を包むように、南から本格的に厚い雲が押し寄せる。 パラパラと小雨が振り出した時点で授業は中断され、昼を待たずして全校生徒は帰宅を命じられた。 「あ~あ、今日の給食楽しみだったのにな」 「もう、ラブったら。それどころじゃないでしょ?」 せつなが、普段とは表情の違う商店街を眺めながらたしなめる。 人々の笑顔と、幸せが集まる場所。それがクローバータウンストリートだった。 道を歩いているだけでお店の人から声をかけられたり、挨拶したり。買い物する人、散歩する人で賑わって。 そんな喧騒は鳴りを潜め、シャッターを閉じた店舗ばかりが並び、閑散とした雰囲気が漂う。 「開いてるのは、日用品と食料品のお店だけね」 「うん、おかあさんは遅くなるって言ってたね。水とかがよく売れるからって」 流石に、ラブも不安そうに街の様子を見渡す。 台風は、毎年、必ずと言っていいほどやって来る。でも、今回は超大型と呼ばれる規模の大きいものだった。 大事な街、大切なお店の数々。二人で空を見上げながら、大きな被害が出ないことを祈った。 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。空が荒れる日――』 桃園家の庭で庭木の支柱を立てていた圭太郎が、手を止めて帰宅したラブとせつなを迎える。 既にアンテナの補強を済ませ、ゴミ箱や鉢植え等も、全て家の中に移してあった。 「お帰り。ラブ、せっちゃん」 「ただいま、おとうさん」 「おとうさん、お仕事じゃなかったの?」 「お母さんから連絡があってな、早引きして帰ってきたんだ」 「そっか、予報よりも早く荒れそうだもんね」 「私も何か手伝うわ」 庭の手入れや大工仕事は圭太郎に任せて、ラブとせつなは溝と排水溝の掃除を受け持った。 準備の遅れている近所の家の手伝いもしていたら、あっという間に夕方になった。 既に空は分厚い雲に覆われていて、太陽なんてどこにも見えない。 それなのに、空が赤い。 夕日とは異なる光景。一面に広がる雲が、絵の具でも落としたかのように真っ赤に染まっていた。 「明日が本番らしいが、今夜から荒れるかもしれないな。ラブとせっちゃんはもう家の中に入っておくんだ」 「おとうさんはどうするの?」 「僕は今からお母さんを迎えに行く。そろそろ終わる時間だろう」 「あたしも行こうか?」 「私も行くわ」 「ありがとう。でも、まだ風も雨も弱いから大丈夫だ」 圭太郎を見送ってから、ラブとせつなは万一に備えた避難用具をカバンに詰めていく。 懐中電灯・ローソク・マッチ・携帯ラジオ・予備の乾電池・救急薬品・衣料品・非常用食料・携帯ボンベ式コンロ。 全部入れたら、ちょうど大きなカバン四つになった。 「こうしてみると、なんだか旅行の準備みたいだね」 「そうね、役に立たないといいのだけど……」 空の色が赤から黒に変わってきた頃、あゆみと圭太郎が帰宅した。 外の雨はますます激しくなっていて、二人ともレインコートを羽織っていた。 「ただいま。ラブ、せっちゃん」 「遅くなってしまったよ」 『おかえりなさい!!』 家族が揃ったことで、ようやくせつなにも笑顔が戻る。 あゆみの買ってきた食材で、三人で夕飯を作ることにした。 「今日はゴーヤと、じゃがいもを買ってきたのよ」 「どうしてゴーヤなの?」 「沖縄から上陸するから、そこの食材を縁起を担いで食べるといいらしいの」 「じゃがいもは何に使うのかしら?」 「台風の日は、なぜかコロッケがよく売れるのよね。だからコロッケも作っちゃいましょう」 「うん。なら、それは私に任せて!」 「あたしはゴーヤチャンプルを作るよ」 「あらあら、じゃあわたしはお吸い物でも作ろうかしら」 普段通りの楽しい夕ご飯。こんな時でも、家族が揃っていれば不思議と安心できる。 話題は主に台風のお話だったけど、三人とも、不安を煽らないように冗談を交えて聞かせてくれた。 「僕が子どもの頃は、台風が来ると、なんだかワクワクして楽しかったな」 「お父さんは、学校が休みになるのが嬉しかったんでしょ?」 「ははは、それもあるなあ」 「えぇ~信じられない。学校に行けないと寂しいじゃない!」 「そんなことよりも、街が壊れちゃわないか心配だわ」 「わたしの父、おじいちゃんはね、台風の日でも仕事してたわ」 「畳職人だったのよね?」 「ええ。『この家も職人の手によるものだ、滅多なことじゃビクともしねえ』ってね」 小さな台風なら、せつなも昨年に経験している。しかし、それは直撃もしておらず、大きな被害もなかった。 今回は規模が違う。書籍やテレビで、台風の本来の破壊力を知ってしまった。この街にも、同じことが起こるかもしれない。 青い顔をしているせつなを心配して、食事が終わっても四人は一緒に過ごした。 テレビを見ながら、みんなで体を寄せ合うようにして居間で過ごす。 ラブはせつなが小刻みに震えているのを見て、そっと、自分の掌をせつなの手の上に重ねた。 「せつな、怖いの?」 「うん。空が荒れるなんて、私には馴染みのないことだから……」 「そっか、ラビリンスじゃ天候すら管理されてたんだよね」 「信じがたい話だなあ……」 「安心だけど、それも寂しい気もするわね」 「私も、天気は決まってない方が好きよ。でも、自然は優しいだけじゃないのね」 「心配いらないよ! あたしがついてるじゃない!」 「わたしも頼ってもらわなくちゃ」 「僕が補強したんだから、絶対に大丈夫だ」 「うん、ありがとう」 せつなは努めて笑顔を作る。でも、不安は晴れなかった。 せつなが心配しているのは、自分のことではなくて、この家のことだけでもなくて―――― 大好きなこの街が、壊れてしまうことだったのだから。 天と地を貫く眩い閃光。 月の光もなく、星が輝くこともない、 暗く、深い、漆黒の闇を、一瞬にして白く照らし出す雷光。 大量の雨粒が地表に叩きつけられる騒音の中にあって、一層の存在感を持って轟き渡る雷鳴。 この世界では古来より「神鳴り」と恐れられた、大自然の脅威の一つ。 「なのはわかるんだけど……ちょっと脅えすぎよ? ラブ」 「いや、だって怖いよ? って、キャアァァ――――!!」 「はぁ~、それじゃ自分のベッドには戻れそうにないわね。しょうがないから一緒に寝ましょう」 「えへへ、やったね!」 雷の被害にあって命を失う確率は、一億分の一とも言われている。 ある意味、もっとも被害の少ない自然災害なのだが、ラブの言うには危険だから怖いわけではないらしい。 「キャアァァ――――!!」 「はいはい、大丈夫よ」 先ほどとは、まるで正反対。せつなは、脅えてしがみ付くラブの背中をさすりながらクスリと笑った。 この様子では、朝まで寝かせてもらえないかもしれないと。 不思議なことに、そんな頼りないラブの体温を感じていると、さっきまで恐れていた台風の不安も薄らいでいくのだった。 雷が止んだのは、深夜遅くになってからだった。そこで、やっとラブが眠りに付く。 しかし、その後も暴風雨は容赦なく襲いかかる。 窓を叩く雨の音によってせつなが目を覚ましたのは、本来なら学校に遅刻してしまうような時間だった。 「ラブ、起きて。もうこんな時間よ」 「うう~ん? まだ暗いよ?」 「暗いのは厚い雲が空を覆っているからよ。風も昨日にも増して強いわ」 「どれどれ……。キャッ!」 外の様子を確認しようとしたラブが、慌てて窓を閉める。 突風と、それによって運ばれた雨が、ラブのパジャマを容赦なく濡らした。 「これは、確認するまでもないね。今日も学校は休みだよ」 「それはわかるけど、商店街や学校は大丈夫かしら?」 朝だというのに外に光はなく、まるで夜のように暗い。 真っ黒な厚い雲が、空を一面に覆う。微かに東の空が赤いのが、朝日の残滓なのだろう。 空は変化がないように見えて、よく目を凝らせば、雨雲がかなりの速度で移動しているのがわかる。 秋の高い空とは対照的に、厚い雨雲は地上に降りようとしているかのように、威圧感を伴って低く低く漂う。 「なんだか、雲が落ちてきそうで怖いわね」 「バケツをひっくり返したような大雨も、この雲から生まれてるんだよね。だから重たいのかな?」 「クスッ、確かにこれだけの雨を降らせる雲が、空に浮かんでいるのは不思議ね」 「こんなに強い風が吹いてるんだもん、雲なんてビュンって飛ばされちゃいそうなのにね」 せつなにとって、この世界の出来事は常に驚きと発見に満ちている。 ラブもそんなせつなと共に過ごすことで、多感な感性が更に敏感になっていた。 これまでなら、静かに通り過ぎるのを待つだけの台風にも、こうしてあれこれと想いを巡らせる。 雲は、大気中にかたまって浮かぶ水滴や氷の粒で構成されているらしい。 高度も大きさもバラバラだが、質量など無いに等しいだろう。本質的には霧と全く同じものなのだとか。 そんなものが台風の風圧にも散り散りにされず、地上に洪水をもたらすほどの大雨を降らせ、木々をなぎ倒す落雷をも発生させる。 なんて神秘的な存在なのだろうと思う。あらためて、祖国ラビリンスが失ったものの大きさを知る。 「ラブ~、せっちゃん~、朝ご飯ができたわよ」 『は~い!!』 食卓には圭太郎が先に座っていて、珍しく新聞を広げていた。行儀が悪いとあゆみに注意される。 頭をかきながら、ラブとせつなに気が付いて挨拶をした。二人も笑って返事をする。きっと、台風の被害が気になるのだろう。 暴風警報で、当然のように学校は自宅待機。一部の地域では避難勧告も出ているらしい。圭太郎とあゆみの仕事も休みになった。 テレビのニュースでは、屋根の一部がはがされたり、自宅の一部が水没したりと、痛々しい報道が続く。 その都度、せつなの表情は曇っていく。何もできないとしても、ここでじっとはしていられない。そんな気がしてくる。 「おかあさん。私、食事が済んだら外の様子を見てくる」 「ダメです!」 「危ないことはしないわ! テレビじゃこの辺りは映らないもの。ちょっと見に行くだけだから」 「ダメと言ったら、ダメよ。外に出ると危ないからお休みなのよ」 「でもっ!」 「せつな。あたしたちは、あたしたちにできることをしようよ」 「私たちにできることって?」 「えっと、トランプ遊びとか、録画しておいた映画を観るとか」 「……………………」 「あはは。ダメ……かな?」 「せっちゃん、自然に対して人が出来ることはないの。それよりもラブの勉強を見てあげて」 「わかったわ、おかあさん。ラブ、今日の私は特別に厳しいわよ?」 「お手柔らかにお願いシマス……」 昼過ぎになって、更に台風は勢いを強めた。まるで地震でも起きたかのように家が揺れ、ミシミシと軋みを上げる。 圭太郎とあゆみはそれでも落ち着いていて、「大丈夫よ」と微笑んだ。 結局、勉強の後は本当にトランプで遊んだり、映画を観たりして過ごした。ただし、あゆみと圭太郎も一緒に。 家族四人でお出かけすることはあっても、こうして一日中家で一緒に過ごすのは初めてだった。 せつなは不謹慎だと思いつつも、子どもの頃は台風が楽しみだったと言った、圭太郎の気持ちが少しだけわかるような気がした。 台風のような非日常でしか、得られない時間がある。そして、発見があるのだと。 暴風雨は、強くなったり、弱くなったりを繰り返しながら、深夜まで続いた。 流石に慣れてきたのと、やっぱり緊張が続いて疲れていたのだろう。その日はみんな早く布団に入って、ぐっすりと眠った。 「なに……これ?」 昨日とはまるで別世界。どこまでも青く澄み渡る空は、かつて見たこともないくらいに美しかった。 これが――――台風一過。台風が過ぎ去った後、清清しい天候になること。 でも、せつなには、そんな空を楽しむ心の余裕なんてなかった。 「ひどい……。ずいぶんやられちゃったね」 「こんなのって……」 「せつな?」 「こんなのって、こんなのってないわっ!」 支柱を立てたにも関わらず、大きく二つに折れた庭の木。 建物の一部が損壊し、あちこちで看板や旗が引き千切られた商店街。 なぎ倒されて、へしゃげた駅前の自転車の山。ブロック塀ごと倒れてしまった学校のフェンス。 休日で生徒の居ない校庭では、数人の教師がゴミの回収作業に追われる。 四つ葉公園の美しい紅葉は、見る影も無いほどに葉が散って、剥き出しのハダカの枝が痛々しく連なる。 真っ赤な絨毯と感じていた落ち葉は、風で飛ばされて四方八方に散乱する。もはや、秋の風情の欠片も感じられない。 「自然は、美しくて、優しくて、心を豊かにしてくれるものじゃなかったの?」 肌を撫でる爽やかな秋風ですら、今のせつなには暴風の名残のように思えて憎らしかった。 街中を駆け回って、クタクタになった先にたどり着いたのは、先日、写生会でモチーフにした四つ葉公園の湖の畔だった。 無残に散った葉っぱは、風に散らされて水面を覆う。 ロープで繋がれていたであろう数隻のスワンボートは、湖の中央で転覆していた。 「帰らなきゃ。きっと、みんな心配してる……」 フラフラと、せつなは歩き始める。 一つ一つの被害なら、かつてのラビリンスの襲撃の比ではないだろう。 でも、ここまで広範囲に、一度に何もかも滅茶苦茶にするなんて。そんな暴力がこの世界にあるだなんて、認めたくなかった。 どの道を通って帰ってきたのか、自分でもわからない。ふと気が付けば、せつなは商店街に戻ってきていた。 なるべく、足元しか見ないように歩いてきたからだ。 目の前には駄菓子屋さんがある。お婆さんが低いキャタツに乗って、壊れた日除けを外そうとしていた。 「おばあさん。それ、私にやらせてください」 「おや、せつなちゃんかい。助かるよ」 その後も、一通りの掃除や後片付けを手伝った。 全てを終えて帰ろうとするせつなを、お婆さんが引き止める。 「お待ち、疲れたろう? そんな時は甘いお菓子が一番さね」 「でも……」 「いいから、お上がり。そんな顔をしてる娘を放っておけるもんかい」 話したいことがあるからと、強引に店の中に押し込まれる。 ちゃぶ台の前で正座するせつなに、温かい緑茶とお店のお菓子が振舞われた。 「泣きそうな顔をしてたよ。何かあったのかい?」 「何かって……。何もなかった場所なんて、どこにもなかったわ」 「そうだね。困ってるなら、することは決まってる。悩むことなんてない。そうは思わないかい?」 「ラビリンスなら……。ラビリンスの科学力なら、台風だって押さえ込める。天災なんて失くすことができる」 「そういや、お前さんはプリキュアの一人だったね。でも、あたしはそんなの御免だね」 「どうしてですか? こんなに酷い目にあったのに」 「人間ってのは傲慢な生き物でね。どんなに幸せに恵まれたって、すぐに慣れちまって感謝の気持ちを失ってしまう。 だから、時々こうやってガツンと神様に叱ってもらう必要があるんだよ」 「この街の人たちは、叱られるようなことなんてしてないわ!」 「まあ高いところにいる神様にゃ、良い人悪い人なんて区別は付かないのかもしれないね」 「だったら、そんな神様なんていらないわっ!」 「要るんだよ。自然を畏れて、その恵みに感謝する心。それを失わないためにはね」 珍しく饒舌なお婆さんの言葉に、せつなは黙って耳を傾ける。 人間は自然の一部であり、自然を排除するのではなくて、共存してその力を借りることで発展してきた。 信仰や宗教、祭りや儀礼、詩歌や踊り、絵画や彫刻、住まいやエネルギー。せつなが愛する、この街の全てもまた、自然から生まれたのだと。 自然の力に「八百万の神々」を感じ、畏れ敬い、感謝と謙虚の心を持って、自然と共に生きていく。 その心を失った時、人もまた、人間らしさを失うのだと。 「夜があるから夜明けもあるんだよ。壊れやすいものだからこそ、大切にしたいと願うのさ」 「でも、取り返しの付かないものを失う人もいるはずよ」 「取り返しの付くものなんて、そうそうありはしないよ。だからこそ、人は支え合うんじゃないのかい?」 「だけど……だけど……。こんなの、悲しいものっ!」 お婆さんは一度話を切って、お茶の代わりを淹れる。せつなが落ち着くのを待って、再びゆっくりと話し出す。 「あたしだって、被害を歓迎してるわけじゃない。悲しい時は泣くといい。でも、それが済んだらもう一度街を見てごらん」 「もう、十分に見たわ……」 「いいから、ごらん」 せつなは再び外に出る。そこには、朝とは比べ物にならないくらいの人々が集まっていた。 それぞれ壊れた家を直したり、掃除や片付けをしたり。 それは、たった今、せつなもやっていたこと。ただ、一つ違うのは―――― みんな、笑顔で取組んでいることだった。 「よっ、婆さん。壊れた日除けの代わりを持ってきてやったぞ」 「ありがとうよ。お礼に好きなお菓子を持って行っておくれ」 「馬鹿言わないでくれよ、とても釣り合うもんじゃねえよ。でもまあ、今日は大サービスだ」 被害の少なかった者は、大きかった者を助ける。助ける方も、助けられる方も、瞳に強い意思の力が宿っていた。 「どうして? こんなに滅茶苦茶になったのに」 「到底、立て直せないとでも思ったかい? まあ、一人じゃ無理だろうけどね」 「悲しいって気持ちを、悔しいって気持ちに変えて頑張るのさ。いつか、嬉しいって気持ちに変わるまでね」 「一人じゃないから? そうね、一人で直すわけじゃないのよね」 「おじさま、私にも何かやらせてください!」 せつなは、日除けの取り付けの手伝いを申し出る。それが終わったら、他のお店の手伝いに回るつもりだった。 明るい表情で作業に取り掛かるせつなを、お婆さんは眩しそうに見つめてつぶやく。 「納得なんてしなくていいのさ、まだ若いんだからね。でも、あたしはこの歳になって思うんだよ。 幸せなだけの世界なんて、不幸なだけの世界と、なんの違いもありはしないってね。 心配しなくたって、不幸は向うから必ずやってくる。だから、幸せに向って精一杯頑張るんだよ」 笑顔を振りまきながら修繕を手伝うせつなの元に、三人の少女が駆け寄る。 「見つけたっ! せつな、心配したんだよ!」 「ごめんなさい、ラブ。私、今日一日、ううん、落ち着くまで、みんなの手伝いをするって決めたの」 「そっか。じゃあ、あたしも一緒にやるよ!」 「しょうがないわね。今日は仕事の予定もないし、アタシも手伝うわ」 「わたしの家は大丈夫だったから、一緒にやらせて」 若い娘たちが懸命に働く姿を見て、周囲の大人たちもやる気を漲らせる。 負けてはいられないと思ったのだろうか? いつの間にか、四つ葉中学の生徒や、他校の学生たちまで参加していた。 せつなには、お婆さんの呟きがちゃんと聞こえていた。 その意味は半分も理解できなかったけど、一つだけ確信が持てたことがある。 きっとこの街は、前よりもっと、もっと美しい街として甦るって。 美しく澄み渡る青空は、そんなせつなたちを優しく見守っていた。 新-449へ
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140文字SS:スイートプリキュア♪【1】(10話保管) 140文字SS:スイートプリキュア♪【2】
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多くの場合少女同士の恋愛が描かれるジャンル。 登場キャラクターの年齢が上がるに連れて百合的な要素を持たなくなることが多い。 レズと混同されると不満を持つ人が多い。 レズと百合の違いは人によって異なる。性愛の含む関係をレズとする人もおり、二次元を百合、三次元をレズとする人もいる。 編者は「レズは関係。百合は関係性」という説を押す。 いや細かいことはどうでもいい。 可愛くて綺麗な女の子達がいちゃいちゃしていたら素敵じゃないか? つまりそういうことである。
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夕食の後、せつなは部屋に戻り、私服のままベッドに倒れこんだ。今夜だけは食事の味もよく覚えてい ない。 先ほどの、ミユキの言葉が頭に焼きついて離れない。この世界の人間の中で、最も苦手な存在だった。 他の誰でもない、せつな自身の行動がそうさせたのだ。 目を合わせることすら辛いほどに、後ろめたい人だった。しかし、恐る恐るうかがった瞳には、不思議 と憎しみの色は無かった。 少し開いた窓、カーテンを揺らして夜風が吹き込む。 ふと目に入る、部屋の家具や装飾品の数々。乱暴に身を投げ出して、乱れてしまったシーツ。 慌てて起きて、丁寧にベッドメイクをやり直す。優しい部屋。あゆみが買ってくれたお布団。こんな使 い方は許されないと思った。 外に出て、ベランダの涼しい風にあたる。美しい四ツ葉町の夜景が一面に広がっている。 無数の灯りの一つ一つの先には、この家と同じように幸せな家庭があるのだろう。 そんなことを考えながら、またミユキの言葉を思い出していた。 「事情はどうあれ、多くの人々を不幸にした事実は許せない!」 “許せない!”シンプルなその一言を、頭の中で何度も繰り返しながら噛み締める。 当然だ! ――――許せないなんて――――そんなの当たり前だ。 それなのに、この街に来て以来、初めて聞いた言葉だった。 「どうすれば――――許してもらえますか?」 なんて――――都合のいい質問だろうか。 どうにかすれば、許してもらえるとでも思っていたんだろうか? 愚かだと思う。それでも、初めて自分の罪を認めた人だから。ただ、純粋に聞いてみたかった。 ラブ、美希、祈里。彼女たちは、せつなの罪を認めようとしなかった。謝罪すら拒絶した。口にするほ どに苦しそうな顔をした。 始めから、責める気がない。そんな人たちに謝ったところで、自己満足にすらなりはしない。 謝ることもできないのに、許されるはずが無い。許しなんて、請う資格がない。 知念 ミユキ。ラブに、夢と幸せを与えた人。この人ならば、自分にも何か答えを示してくれるような 気がした。 たとえ、それが拒絶や断罪であっても構わない。もう、一人で抱えるのは苦しかった。 その答えは、自分で見つけろと言っていた。ならば、あるのだろうか? 本当に――――そんな答えが。 ラビリンスと共に、この身を滅ぼす。それ以外の、未来が―――― 「一つだけ、ヒントをあげる。守るだけではなくて、――――」 なにを? 守りたいものは、ラブの笑顔と幸せ。ただ、それだけだった。 いや、違う。――――今はもう、あの時とは違う。 ラブと、優しくしてくれたご両親。そして、美希と祈里も守りたい。 たった数日で、ずいぶんと欲張りになったものだと思う。これ以上増えたら、自分の手には余るかもし れない。 それも、違う。――――守るべき数なんて、関係ない。 ラビリンスを打ち倒す! メビウスの野望を打ち砕く! 果たすのは、ただそれだけでいい。 そうすれば、もともと幸せに溢れていたラブたちは、きっと本来の笑顔を取り戻せるはずだった。 「――――与えられる存在になりなさい」 与える? 東 せつなが、他人に幸せを与える? 無理だ! と思えた。 確かにこの街に来て、望んでいたままの幸せを手に入れた。でも、それは、みんなから与えられたもの。 そして――――本来は、受け取ることすら許されないもの。 いつかは、返すべきものだった。 他人に分けて、与えられるものなんて、これっぽっちも持ってはいなかった。 自分の自由にできるのは、この身体と命だけ。だから――――戦うと誓った。 この身が、砕け散るまで。ラビリンスの野望を、砕き切るまで。 他に、どんな使い方があるというのだろうか。 「せつな? どうしたの」 「ちょっと、夜風にあたっていたのよ」 髪をほどいた、パジャマ姿のラブが部屋から出てきた。 ツインテールの時とは違い、長い髪を揺らしたラブは、びっくりするほど大人っぽく見えることがある。 大きな瞳が、憂いを帯びて揺れる。一瞬でこちらの心情を察して、心配しているのだろう。 「ミユキさんの言ったこと、気にしてるの? 大丈夫だよ。きっと、わかってくれるから」 「そうじゃないの、与えられる存在になりなさいって意味がわからなくて。そんなもの、何も持っていな いもの……」 「だったら、今から手に入れようよ! そしてみんなで――――って、どうしたの、せつな?」 せつなの目が、驚きに見開かれる。幸せになりなさい。それは、何度もかけられた言葉だった。その度 に、空しくせつなの心をすり抜けていった。 これ以上、望んではいけないと思ったから。誰よりも、せつな自身がそれを許せなかったから。 その言葉が、今、全く別の意味を持ってせつなの心を捉える。 「自分で見つけなさい」ミユキの忠告が甦る。 一つだけ、ヒントをあげる。ミユキはそう言っていた。そして、ラブからもたった今、その一つを受け 取ったように思えた。 後は、美希と祈里。彼女たちからも聞いてみたい。そうしたら、答えに行き着くような気がした。 「ありがとう、ラブ。私、明日、美希と祈里に会いに行ってみるわ!」 「それなら、あたしの部屋で集まろうよ」 「ううん。それぞれ、二人っきりで話してみたくなったの。今のラブと、私のように」 「わかった。頑張ってね、せつな」 『翼をもがれた鳥(第十六話)――――四葉のクローバー――――』 「四葉フォトスタジオ――――ここね」 クローバータウンストリートから少し離れたオフィス街、そのマンションの一角にせつなは足を踏み入 れる。 初めて訪れる場所だが、地図をもらっていたので迷うこともなく辿り着いた。 今からここで、美希の読者モデルの撮影があるらしい。終わってから待ち合わせても良かったのだが、 せっかくなのでと見学を勧められたのだ。 几帳面なせつなのこと、つい早く着きすぎたらしい。外で時間を潰そうかとも思ったが、中学生がうろ つく場所でもない。 中で待たせてもらおうとしたところで、カメラマンらしき人から声がかかった。 「遅いよ、君。もう撮影の準備は済んでいるんだ。さあ、早くこっちへ」 「えっ? 私は……」 「いいから早く! 午後からは次の雑誌が控えてるんだろう? それまでに終わらせないとね」 若いカメラマンは、せつなの腕を掴んで中へと案内する。表情と口調は優しいが、行動は有無を言わさ ず強引だった。 スタジオをくぐり抜けた先に待っていたのは、プロのメイクとスタイリスト。 もともと美しいせつなの容姿が、瞬く間に磨き抜かれていく。 「あのっ! 聞いてください!」 「質問は説明の後にしてくれるかな。まずは撮影の手順からだ」 何を言っても聞いてもらえない。せつなは観念して従うことにする。 内容は簡単だった。決められたポーズを取り、カメラに要求される表情を向けるだけ。 「いいよ~、そこで笑って!」 「はい」 「ダメダメ、笑顔が固い。作り笑いじゃカメラは誤魔化せないよ。もう一度!」 「こうですか?」 「それもダメ。君の笑顔からは喜びが感じられない。目に輝きが無いんだ」 何がいけないのか? 頭が混乱していく。容姿は認めた上での撮影のはず。 表情? 笑顔? それも、この世界に潜入する時点で、念入りに調査して身に付けたつもりだった。 ラブもあゆみも誉めてくれたのに――――ここでは通じない? 繰り返されるダメ出しに、せつなの表情もだんだんと険しくなっていく。怒って出て行こうとした時だ った。 「すみませ~ん、遅くなりました。蒼乃 美希です」 「美希!」 「せつな……どうして?」 それから二時間ほど後のこと、お昼の休憩時間にせつなと美希はスタジオ近くの喫茶店に移動した。 美希が時々撮影の打ち合わせで使うお店だった。高級感の漂う美しい店舗で、テーブルの間隔も広く天 井も高い。 要するに中学生が二人で入るようなお店ではないのだが……。 他人に聞かれたくない話をするには、打って付けの場所でもあった。 「まったく、美希のせいで酷い目にあったわ」 「だからゴメンってば。お詫びにここはアタシの驕りでいいから」 「そう、悪いけどお言葉に甘えさせてもらうわ」 メニューを見て心配していたのだ。どれも信じられないほど高額なものばかりだった。 払えないほどではないが、あゆみからもらった大切なお小遣いを、こんな贅沢で使ってしまうのは躊躇 われたのだ。 結局のところ、完全な人違いだった。前の撮影の仕事が長引いて遅刻した美希の代わりに、せつなをモ デルと勘違いしたらしい。 基本的に部外者が立ち入る場所でもなかったし、一般人離れしたせつなの美貌も災いしたのだった。 OKをもらえるカットこそ無かったものの、カメラマンたちはせつなのことを大変気に入ったらしい。 素人と聞いて目を丸くしていた。 美希と一緒に撮ってみないか? 読者モデルになる気はないか? などとしきりに声をかけていた。 それを、これ以上ないくらいキッパリとせつなは断った。かなり気分を害していたらしい。 「それにしても、せつながモデルって良かったわよ。くくっ」 「笑わないで! 雰囲気に流された私が馬鹿だったわよ……」 「いいじゃない、狼狽したせつななんてそうそう見れるものじゃないんだし」 「一番高いメニューは何かしら……」 せつなが気を取り直そうとするたびに、美希が蒸し返してからかう。そんなやり取りがしばらく続いた。 美希にしてみれば、こんな雰囲気を簡単に手放すのが惜しかったのだ。 言うまでも無く、三人の中で一番せつなと気まずいのが美希だ。この間のイースの影との戦い以来、一 応友人と呼べる間柄にはなれた。 それでも、親しいかと言うとかなり微妙な関係だった。 せつなが四つ葉町で暮らすようになって、既に一週間が過ぎようとしている。基本的に四人で行動して いるものの、ラブ抜きでせつなと向かい合う時間も少なからずあった。 そんな時、一番会話に困るのが美希だった。 押し黙るせつな。空気を読まずにニコニコしている祈里。せつなを無視して、祈里とだけ話すわけにも いかない。 なんとか場を持たせようと美希が声をかけるものの、せつなからはそっけない返事しか帰ってこない。 何してるの? 美希たん。ラブが戻ってくる頃には、疲れきってテーブルに突っ伏してる美希の姿がし ばしば見受けられた。 「あれが、美希の夢? 美希の幸せ? 美希が本当にやりたいことなの?」 「そうとも言えるし、違うとも言えるわ。アタシの目標はハイファッションのトップモデルよ」 憤慨はしていたものの、このトラブルはせつなにとっても好都合だった。肩の力が抜けて、自然に聞き たいことが口をついて出る。 今のは読者モデル。モデル業界のほんの入り口であり、美希の目指すのは国内外を問わぬコレクション のステージだった。 目を輝かせて、世界の舞台で活躍するモデルの話をする美希。そんな姿をせつなは不思議そうに眺める。 今日の撮影とだいぶ違うことはわかる。それでも、何がそんなに楽しいのかは理解できなかった。 「他人より優れた容姿を持つ者が、衣装の流行を先導する。そういうことね?」 「実も蓋も無い言い方ね……。アタシ以外のモデルにそんなこと言っちゃダメよ」 「ごめんなさい。でも、本当にわからないの。容姿が優れているって、そんなに誇れるようなことなの?」 「モデルに関して言えば――――その通りよ。でもね」 モデルとは、たまたまルックスに恵まれた、そんな次元で目指せるものではない。生まれ付いての容姿 など、最低条件の一つに過ぎないのだ。 「せつなの顔とスタイルは、アタシから見ても完璧よ。それでも通じなかったのはどうしてだと思う?」 「笑顔が固いって、喜びを感じないって言われたわ」 「何から生まれた笑顔か使い分けること。理想的な顔の筋肉の動かし方をすること。ただ笑えばいいもの じゃないの」 「そうかもしれないわね。でも、今日、私が聞きたいのはそういうことじゃないわ」 「モデルというのはね――――」 「もう、モデルの話はいいわ!」 「いいから聞いて、アタシがモデルを目指した理由。ラブとブッキーしか知らないことよ」 どこで開かれたのかは、もう覚えていない。母親に連れられて見た、華やかなコレクションの舞台。 そこで美しく輝くモデルたち。 いつかは、自分もそこに立ってみたい。幼心に抱いた夢。それは――――よくある話だった。 「パパ、アタシモデルになるのっ!」 「いいかい、美希。モデルを目指すとは、完璧な女性を目指すことだ。モデルとは手本なのだよ、わかる かい?」 「うん! アタシ完璧になる!」 今となっては滅多に会うこともなくなった父親とのやりとり。その中でも、忘れ得ぬ一つだった。 美希が魅せられたのは、舞台の照明でもなければ、モデルの顔でもスタイルでも衣装でもない。それぞ れのモデルが培ってきた人生の輝きそのもの。 考え方も、立ち振る舞いも、教養や身体能力も。広い知識や経験も。それら全ては糧となってモデルの 美しさを磨き上げる。 美希にとってモデルになるとは、女性として完成させること。そして、父親との約束を果たすことでも あった。 幼い頃から身体が弱く、同じ歳の子と遊べずに美希に付いて回っていた弟の和希。その目標になりたい、 そんな気持ちもあった。 美しい母親に対する憧れもあった。離れてしまった家族に、自分を見せ付けてやりたい気持ちもあった。 「だから、アタシは完璧なの。そうでなくちゃいけないのよ」 「どうして――――私にそこまで話してくれたの?」 「せつなが、体の弱さに負けて希望を失っていた弟に似てるからかな」 「私が――――負けている?」 「ねえ、せつな。後悔はつらい? 一度道を間違えてしまったなら、なおさらその先は完璧であるべきよ」 休憩が終わり、再び美希は撮影へと戻っていった。 全ては自分を輝かせるために。家族を引き裂いた悲しみすらも、前進する力に変えて。 不幸すらも――――希望に変えて。 常に希望が持てる生き方こそ完璧。美希の言葉を胸に刻んで、クローバータウンストリートに戻ること にした。 次は、祈里と会うために。 クローバータウンストリートの表通り、特に賑やかな場所に山吹動物病院はあった。買い物を楽しむ客 が行き交う往路において、目的を異にする建物。 言葉の話せない動物の処方はどうしても遅れがちだ。苦痛を訴えられないから、継続して治療を行うこ とも難しい。 買い物のついでにでも気軽に寄れるように、なるべく通院が負担にならないようにとの配慮だった。 「こんにちは。初めてかしら?」 「あ、せつなさん!」 「こんにちは、東 せつなといいます。よろしくお願いします」 勝手がわからなくて、せつなは正面から院内に入った。迎えてくれたのはあゆみと同じくらいの歳の美 しい女性。 どうやら祈里の母親らしかった。すぐに祈里が駆けつけて、奥の男性と一緒に紹介する。 恰幅のいい大柄の男性は正先生。祈里の父親で、この動物病院の院長だ。 「祈里、ここはもういいわ。せつなさん、ゆっくりしていってね」 「うん、せつなさん、わたしのお部屋に行こう」 「お邪魔します」 初めて見る祈里の部屋。黄色のイメージで統一された、柔らかい印象の内装だった。 一見、女の子らしく可愛く整えてあるものの、ラブや自分の部屋と決定的な違いがあることに気が付い た。 「すごい数の本ね。これ――――全部、祈里のなの?」 「わたしのもあるし、お父さんやお母さん、おばあちゃんからもらった本もあるのよ」 つまり、全ては祈里が読む本らしい。サウラーもかなりの読書家だけど、それ以上かもしれない。 詩集、文学書、神学書、図鑑、医学書。パッっと見ただけでも、冊数だけではなくジャンルも多岐に及 ぶようだった。 許しをもらって、そのうちの何冊かを手に取る。やはりただ持っているだけではなくて、全てのページ に読み込まれた跡があった。 本を戻して、祈里と向かい合う。 どう切り出していいか分からず、沈黙が続く。今日も約束を取り付けただけで、用件は何も伝えていな かった。 祈里は何も話さず、尋ねもせず、ただせつなの様子を微笑みながらずっと見守った。 「祈里は、私と一緒にいるのが平気なのね」 「どういうこと?」 「美希は、いつも居心地が悪そうにしてるから……」 「美希ちゃんは、あれで色々気を使う人なの」 せつなの質問の意図を汲んで、祈里が口を開く。これも、二人きりでなければできないお話だったに違 いない。 会話は確かに有効なコミニュケーション手段だけど、それが全てってわけじゃない。 もしそうなら、人は動物と仲良くなんてなれるはずがない。 会話は信頼から生まれるのだそうだ。それは相手を信用するとか、そういう類の話ではない。 互いの口にする言葉が、相手を傷付けることは無いと信じ合うことで、初めて会話が成立するのだ。 生まれた国が違い、生活習慣も考え方も、常識の段階から何もかも違うのがせつなだ。 敵味方に分かれて戦っていた相手であり、今は心に深い傷を抱えている友人でもある。 迂闊に言葉を発せられないのは当たり前だった。 「だから、一緒にすごせる時間を持つことができた。それだけでも楽しいのよ」 「私も、祈里の傍にいるだけで気持ちが落ち着くわ。でも、今日はそうもいかないの」 「わかってる、大事なお話があるのね。心の準備はできてる」 「そんな大したお話でもないの。――――医学書が一番多いのね、祈里の夢は獣医だったわね」 「うん、動物さんが大好きだし。お父さんが獣医だし」 美希のように朗々と語ることはなかった。でも、それだけじゃないのは聞くまでもなかった。 膨大な蔵書が、祈里の内に秘められた情熱を表していた。 命を救う仕事をしてきたのなら、救えなかった命もまた多いに違いない。その悔しさが根底にあるのだ ろう。 「入院して気が付いたの。この世界は、他の技術レベルに比べて医学が極端に発達しているわ」 「そうなんだ。でも、それだけは全然満足できないの」 「ここの人たちは、動物の命すら、これほどまでに大切に扱うのね」 「愛している人がいるのなら、命の大切さに人も動物もないと思う」 「愛してくれる人がいないなら、人の命は動物にも劣るってこと?」 「そういうわけじゃないんだけど……」 「ごめんなさい。まさしく、ラビリンスはそういうところなのよ」 「せつなさん……」 怖いとは思わないのだろうか? 関わりたくないとは思わないのだろうか? ラブも美希も祈里も、 あゆみや圭太郎も。そして、きっとミユキも。 他人を愛して受け入れることによって、その人を苦しめている不幸まで抱えてしまう。 ラブは自分と知り合ってから、悲しい顔をすることが多くなった。美希は家族を愛していたからこそ、 悲しい別れをする羽目になった。 祈里にいたっては、この上、無数の動物たちの不幸まで抱えようとしているのだ。 「悲しみだけじゃないもの。それを乗り越える喜びだって分かち合えるわ」 「それが、祈里の幸せなの?」 「わたしだけじゃないと思うよ。ラブちゃんも、美希ちゃんも、きっと、せつなさんも同じ」 「私も――――?」 「どうして、ラブちゃんを助けようと思ったの? お礼のためだけに命を捨てようと思ったの?」 「私は……。ラブには笑顔で、幸せでいてほしかった。ただ、それだけよ」 「それが、せつなさんの祈りなんだと思うの」 「祈り?」 「そう。祈りはね、目標よりも、目的よりも、より純粋な想いなの」 獣医は、祈里が現実に望める最良の手段であって、目的そのものではないらしい。本当の願いは、人と 動物とが一緒に幸せになること。それが、彼女の祈りだった。 代価を求めないからこそ、力を伴わないからこそ、欲が働かない。純粋なる想い、そして、願い。それ が――――祈り。 ふと胸に手をあてる。銀の鎖を手繰り寄せ、緑色に輝くハートのアクセサリーを手に取る。 これこそ、祈りではなかったのか。 「せつなさん、それは?」 「これは、私が砕いてしまった幸せの素よ。唯一残った部分を削ってハートのアクセサリーにしたの」 「四つ葉の一枚ね。それも、十分に綺麗だと思う」 「ラブがくれた幸せを、私は踏みにじってしまった。だから、私は幸せになってはいけないと思うの」 「違う! それは違うと思う」 「何が――――違うの?」 「これをきっかけに、せつなさんが幸せについて考えるようになったのなら、幸せの素は壊れてなんかい ないもの」 ラブの言葉を思い出す。残った一枚がせつなの分で、足りない三枚はラブと美希と祈里で補うからって。 本当だと思った。変わっていない。カタチは壊れても、込められている想いは何も変わっていない。 「ありがとう、祈里。みんなから、大切なことを教わった気がする」 「ねえ、四葉のクローバーに、それぞれの意味があるの知ってる?」 「幸せの素じゃないの?」 「それとは別に、一枚一枚に意味があるの。一つは愛、一つは希望、一つは祈り、そして、四枚目の奇跡 ――――幸せよ」 幸せ? それが――――四つ葉に例えられるプリキュアの最後の一葉。だったら、その資格を持つミユ キの教えは……。 (守るだけではなくて、与えられる存在になりなさい) あの言葉の意味とは、人の幸せの在り方そのもの? イースは、奪うことによって人々の不幸を集めてきた。ならば、幸せとはその反対、与えることによっ て生まれるもの? だから、人は繋がっていくのだとしたら―――― 守るだけでは足りない。そして、与えるとは必ずしも幸せそのものじゃない。 「やっと、やるべきことが見えてきた気がする。ありがとう、祈里。ううん――――ブッキー!」 「うん! せつなちゃんならできるって、わたし――――信じてる!」 「ええ、精一杯かんばるわ!」 四つ葉公園の夕暮れ。仕事の合間を縫って来てくれたミユキの前に、緊張した面持ちのせつなが立つ。 この前と全く同じ光景。違うのは、あれから三日過ぎていることと、四人の瞳に、決意の輝きがあるこ とだった。 ミユキは口を開かず、ただ、黙ってせつなの言葉を待つ。 何かを言いかけるラブに、せつなは視線で合図を送って止める。美希と祈里も、心配そうに後ろで様子 を見守った。 「ミユキさんに、お願いがあります」 「何かしら?」 「私に――――ダンスを教えてください!」 お願いします! 深く、深く頭を下げる。図々しいのは百も承知だ。 拒絶されるかもしれない。罵られるかもしれない。構うものかと思った。元より失うものは、自分の命 くらいしかありはしない。 それを戦いに使う覚悟も、失う覚悟もできている。 なら、それまでの時間を無為に使うのはもったいないと思えた。 今はただ――――確かめたかった。この人が、伝えたかった言葉の意味を。 「私のコーチは、厳しいわよ」 耳を疑う。自分の口からお願いしたにも関わらず、とても信じることができなかった。 呆然としているせつなに、ラブが最初に抱きついた。美希が肩に手を置いて微笑む。祈里が手を取って お祝いする。 今、ここに――――新ユニット“四つ葉のクローバー”が誕生した。 避2-678へ
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半ズボンのポケットにあるものを時々触って確かめながら、 夕暮れが近付く通りを、少年は黙々と歩く。 物心ついたときから、母は一緒に暮らす人、父は外で会う人だった。 幼い頃は母に連れられて、小学校に上がってからは一人で、父に会いに行った。 何でも我儘を聞いてくれ、高価なおもちゃも簡単に買ってくれる父。 その代わり、会いに行っても一緒に過ごす時間はごく短いものだった。 それでも以前は、父と一緒によく遊んでいたような気がする。 キャッチボールの合間に見せる、誇らしそうな笑顔。 オセロで負けて悔しがる自分をなだめる、オロオロした顔。 実に楽しそうに遊んでくれる、父の表情が大好きだった。 しかし大きくなるにつれ、外野の声が耳に入ってくる。 母が自分のせいで、心通わせた人との再婚に踏み切れないでいるのだと。 父が自分に優しいのは、将来、会社の跡取りにしたいと考えているからだと。 親はただ自分の親であるだけでなく、それぞれ一人の人間だということ。 自分は必ずしも、彼らの一番ではないのかもしれないということ。 幼くしてそれを知った時、心のどこかに、冷たく静かな自分だけの場所が生まれた。 ひんやりとしたその場所にたった一人、膝を抱えて座り込む。 母が再婚して新しい父が出来れば、今の父とは会えなくなるかもしれない。 父の跡取りになることを受け入れれば、もう母とは暮らせなくなるかもしれない。 そんなどうしようもないことを、考えてしまう自分が嫌で。 そんなことを考えながら、親たちの顔を見る自分がもっと嫌で。 母にわざと我儘を言って、困らせることが多くなった。 父の家を訪れても父を避け、ゆっくり話すことなどなくなった。 早く大人になりたい。 父に縛られず、母を縛らず、誰にも頼らず生きていける大人に。 たった一人でも生きていける、強い大人に。今すぐにでも。 そして、それが出来ないのなら・・・。 少年は歩く。 わずかに伸びた影を従え、 しんと冷えた心の景色を、その瞳に宿らせて。 桃源まで、東へ五分 ( 第4章:未来へハイタッチ! ) 四つ葉町の街外れに広がる森。ここだけは、二十五年の歳月を跳び越えても少しも変わっていないように、せつなの目には映っていた。 木々の枝葉が傾きかけた陽光を遮り、せつなとタルトの影を消す。上から降ってくるざわざわという音は、まるで森がひとつの意志を持ち、ここでは自分が主だと主張しているように聞こえる。 イースだった頃は、ここを通るたびに、自分の心が森に見透かされているような気がして、ざわめく木の葉をぐっと睨みつけたものだった。 そんなことを思い出して拳を固く握ったせつなを、タルトが走りながら心配そうに見上げる。 「パッションはん。大丈夫かぁ?」 「平気よ。そろそろ追いつくかしら。」 せつなが過去の記憶を振り払おうとでもするように、なお一層足を速める。タルトも負けじと、彼女に追いすがった。 森の中を、二つの影が歩いていく。大きな影と小さな影。南瞬の姿をしているサウラーと、ズボンのポケットに両手を突っ込んだ、あの少年だ。やがて大きな影が立ち止まると、それを見て、小さな影もその歩みを止めた。 「さぁ、ここだ。約束通り、渡してもらおうか。」 「ここってどこ?マシンの姿を拝んでからじゃなきゃ、渡せやしないよ。」 深い森の中で突然立ち止まったサウラーに、少年は不安そうにきょろきょろしながら、それでも言葉だけは勇ましく言い返す。 「ほほぉ。なかなかしっかりしているね。いいだろう。スイッチ・オーバー!」 サウラーが、おもむろに本来の姿に戻り、そこに立っている巨木の幹に右手を当てる。すると、その手を中心に次元の扉が開き、タイムマシンがその姿を現した。 「うわっ、こんなところに隠してたんだ。」 「誰かに盗られないとも限らないからねぇ。さあ、部品を渡してくれるかい?」 ニヤリと笑って右手を差し出すサウラーに、少年は一歩後ずさり、意を決したように、その顔をまっすぐに見据えた。 「その前に。約束、ホントに守ってくれるんだよね?」 「無論だよ。信じられないかい?」 少年が、サウラーの冷たい瞳を覗き込む。 「じゃあその証拠に、先にマシンの中を見せてくれない?」 「お好きなだけ、どうぞ。」 少年がマシンの前扉を開けて操縦席に乗り込むと、サウラーはその扉を押さえたままで中を覗き込み、ごちゃごちゃとした計器類を指差した。 「これが今の時間。そして隣りにあるのが、行き先の時間だね。そしてこっちで場所を設定するようだ。一度跳んだらノンストップだから、タイムトラベルを止めるためのブレーキは無いようだね。」 「・・・なんだか他人事みたいな言い方だけど、おにいさん、これに乗ったことあるんだよね?」 「勿論あるとも。だが、操縦したのも、これを作ったのも、僕ではないんでね。まぁこの程度の機械なら、見ただけで扱える。要は、車とほとんど同じさ。ま、多大なエネルギーが必要ではあるようだが。」 自信たっぷりのサウラーに、ふぅん、と気のなさそうな返事をして、少年はじっとマシンの計器を見つめる。そして何気ない様子で、そのつまみに手を伸ばした。 「今から九年前の、19××年。えーっと日付は・・・今日と同じでいいや。」 「おいおい、君。何を勝手にマシンをいじっているんだい?」 サウラーの呆れた声に、少年はニヤリと笑って振り返る。 「だって、約束通り俺を過去に連れて行ってくれるんだろ?だったら先に、目的の時間を設定しておこうと思ってさ。」 「ふぅん、手回しがいいねぇ。」 サウラーは落ち着いた表情でひょいと身を引くと、マシンから離れた。その様子をじっと窺っていた少年も、ゆっくりと操縦席を離れ、外へ出る。 「さぁ、今度こそ渡してくれるかい?」 三度促された少年は、今度は素直に頷くと、ズボンの右ポケットの中から、丸くて銀色に光る鏡のような物体を取り出した。 「よぉし、良い子だ。取り付け位置はここだな。」 サウラーは少年から部品を受け取ると、ちょうど車で言うところのフロントガラスの真ん前、ボンネットの付け根あたりにある小さなくぼみに、その部品をはめ込んだ。 「これでよし。さて、出発するとしよう。」 「うん。」 少年が、マシンの後部座席のドアに手をかける。と、その手をサウラーが掴み、マシンから引き離した。 「君には感謝しなくちゃいけないねえ。僕が帰る手助けをしてくれて、礼を言うよ。」 「・・・!」 サウラーが少年の肩を軽く突き放す。それだけで、少年は後方へ弾き飛ばされ、もんどりうって地面に転がった。 「よし。・・・これで本当にさよならだな、イース。」 口の中でそうつぶやきながら、サウラーは素早く操縦席に乗り込む。計器のつまみをいじり、マシンのエンジンをかけ、エネルギー増幅器のレバーを引き絞ると、さっき取り付けた部品の鏡のように丸い面から、見る見るうちに金色の光が溢れ出した。 「そのまま未来へ。・・・なに!?」 突然、サウラーの顔が驚愕に歪む。 部品の表面から真っ直ぐな軌道を描いて飛び出した金色の光は、行くあてもなく森の木にぶち当たり、生木の表面に黒い焦げ跡と一筋の煙を残しただけで、力なく消えてしまったのだ。 慌てて操縦席から飛び降りるサウラー。その背中に、やけに冷静な声がこう呼びかけた。 「甘いよ、おにいさん。人との約束をいとも簡単に破っておいて、自分だけ未来に帰れるとでも思ったの?」 怒りを宿した少年の瞳が、きっとサウラーを睨みつける。 「おのれ・・・。一体何をしたと言うんだ!」 焦ってもう一度部品を見なおしたサウラーは、ボンネットの付け根にもうひとつくぼみがあるのを発見し、舌打ちをしながら少年の方に向き直った。 「わかったぞ。部品はもうひとつあったんだな!」 もうひとつのくぼみに同じ部品を取り付ければ、二枚の鏡が相対するような格好になる。その間でエネルギーを増幅させ、アンテナに飛ばしてタイム・リープの跳躍力を得るのだろう。 「ご名答。でもおにいさん、気付くのが遅いや。残念ながら、おにいさんにはもう渡せないしね。」 少年はそう言いながら、その場から逃げだそうと身構える。ところがサウラーは少年に迫る気配も無く、ほぉっと大きな息を吐くと、力なくこう呟いた。 「ふん。今更部品を渡してもらっても、もう後の祭りだよ。」 その感情の籠らない、そしてそれだけに真に迫った言葉に、少年はドキリと視線を動かした。 「ど、どういうことだよ。」 「君のせいで、貴重な燃料を無駄にしてしまったのさ。この時代には無い、高性能な燃料だ。僕はこのマシンの燃費を知らないがね。下手したら、このマシンはもう過去へも未来へも、跳ぶことは出来ないかもしれない。」 「そ・・・そんな・・・。」 へなへなと膝から崩れ落ちる少年。暗い瞳のサウラーが、ゆっくりと彼に近付く。 そのとき。目にもとまらぬ速さで、ひとつの影が二人の間に飛び込んだ。 「イースか。」 「サウラー!この子に何をする気!?」 両手を広げ、少年を庇うように立ちふさがるせつなに、サウラーは相変わらず感情の籠らない声で呼びかける。 「ふん。何をする気か、その子に訊いた方がいいみたいだね。君もその子のせいで、もう元の時代へは戻れないかもしれないよ。」 「なんですって?」 「おねえちゃん・・・おねえちゃん・・・ごめんなさい・・・。」 少年は、涙ながらに話し始める。 マシンがこの時代に現れてトラックの上に墜落したとき、偶然、対になった部品を二つとも拾ったこと。後から大切なものらしいと知って、部品を渡す代わりに、自分も過去に連れて行ってもらうことを思いついたこと。部品をひとつしか渡さなかったのは、サウラーを信用していなかったため。部品を渡してタイムマシンの構造や操縦方法を聞き出し、後からせつなとタルトを連れて、マシンを奪いに来るつもりであったこと・・・。 「まったく、そんな無茶な計画を・・・。そんなにまでして、過去に戻りたかったの?」 「・・・父さんと母さんに、頼みに行きたかったんだ。離婚なんてやめて、って。家族三人で、ずっと一緒に暮らしたい、って。」 今のままでは、父か母、いずれはどちらかを選ばなければならなくなる。でも出来ることなら、自分は父とも母とも、一緒に居たい。 「ダメなんだ。俺はまだ子供で・・・どうしたって、父さんにも母さんにも迷惑をかける。こんな俺のこと、父さんも母さんも、本当は持てあましているに違いないし。 だから・・・早く大人になりたい。でも・・・でも、そんなことは無理だから・・・。もし、父さんと母さんが別れる過去を変えられないんなら、俺なんか・・・」 「そうだね。そんなくだらないことを考えるくらいなら、君は生まれて来ない方が良かったかもしれないね。」 「サウラー!なんてこと言うの!」 マシンにもたれかかり、口の端を斜めに上げながら腕組みしているサウラーを、せつなは厳しい目でにらみつけた。サウラーは少年をひたと見据えたまま、なおも言い募る。 「なんの力も無い子供である君は、誰か大人の庇護を受けなければならない。この世界では、そう決められているんだよ。 ならばそれ以上のものを望まず、自分の運命を受け入れて生きていくのが、まともな人間のすることなんじゃないのかい? それが出来ず、自分の過去はおろか庇護者の過去まで変えたいなどと言うヤツは、最初から生まれて来ない方がマシさ。」 「違う!生まれて来ない方が良かった人間なんていないわ!」 「ほぉ。同病相哀れむというヤツかい?イース。君だって、ラビリンスのイースだったという事実からは逃れられない。その姿が何よりの証拠じゃないのかい? 運命を変えたつもりになっているのかもしれないが、過去はどうあがいても、変えられやしないのさ。」 勝ち誇ったようなサウラーの声に、少年は深くうなだれる。しかし、すぐ目の前から聞こえて来た、静かだが力強い声に、再びその顔を上げた。 「いいえ。変えるのは過去じゃない。未来よ。私はみんなから、そう教わったわ。」 夕闇が迫り、さらに暗くなりかけた森の中。せつなの銀髪が淡い輝きを放って、涙で濡れた少年の目に映る。 「サウラー。あなただって同じよ。未来の全てが決められているわけじゃない。あなただって、そう望めば・・・」 「ふん、よしてくれ。僕は君と違って、メビウス様のお傍にお仕えすることこそが喜びだ!」 サウラーの拳が、せつなを襲う。咄嗟に少年を突き飛ばしたせつなは、間一髪で攻撃を回避したものの、バランスを崩して転倒した。そのはずみで、リンクルンがケースから飛び出し、草むらの中へその姿を消す。 「あっ!」 「ふふふ。まずはここでプリキュアを一人倒しておけば、メビウス様もお喜びになるだろう。帰る算段は、その後だっ!」 「おねえちゃんっ!」 そのとき。 ――べちょん! ――バシン! ――ゴンッ! 立て続けに響いた三つの音。その後に、何かがドサリと倒れる音が聞こえて、せつなはそろそろと顔を上げた。 マシンを背にして、サウラーが仰向けに倒れている。どうやら倒れる時に、開けっぱなしにしていたマシンのドアで、後頭部をしたたかに打ちつけたらしい。 その顔の辺りに落ちているのは、中身が散らばった赤い手提げカバンと、何やら白っぽい塊。その塊がむっくりと起き上がり、イタタ・・・と小さく声を上げた。 「タルト!」 せつなと少年の声が揃う。ぴょこんと立ち上がって、得意げに親指を突き出そうとしたタルトは、そこで慌てたように口に手を当てると、急いで木の陰に隠れた。 「ん?」 小首をかしげたせつなは、つかつかとサウラーに歩み寄る人影を見て、あぜんとする。 肩で息をしながら手提げカバンを拾い上げ、散らばった中身を手早く元に戻して、せつなにニコリと笑って見せたのは――あゆみだった。 「うっ・・・。」 サウラーが小さく呻く。せつなは急いでリンクルンを拾い、身構えた。 「あゆみさん。危ないから、こっちに来て。」 しかし、あゆみは手提げカバンを握りしめ、サウラーの顔を見つめたまま、動こうとしない。 「あゆみさん!」 「うっ・・・イース・・・!」 跳ね起きようとしたサウラーの体が、ぐらりとよろける。彼はそのまま地面に手を付くと、今度はよろよろと起き上がった。そんなサウラーをじっと見つめていたあゆみが、恐る恐る声をかける。 「あなた・・・お腹空いてるんじゃない?」 せつなはハッとしてあゆみを見た。 どうして今まで気付かなかったのだろう。サウラーがこの時代の人々の助けを何も借りていないのであれば、彼はこの時代に来てから丸二日、何も口にしていない可能性が高いのだ。その状態で、マシンの部品を探して炎天下を歩きまわったり、あろうことか自分と格闘したりしていた。いくら体力のあるサウラーでも、ふらふらになって当然だ。 遠征中のラビリンス幹部の食事は、基本的に本国から支給される。また、この世界の金銭も、日常生活に必要なくらいの少額ならば、支給されている。 しかしここは二十五年前の世界。いくら現金を持っているとはいえ、貨幣自体が変わっているのでは、使いようがない。変わっていないのはごく一部の小額コインのみ。これではほとんど現金を持っていないのに等しい。 自分は、少年やあゆみや源吉に助けられ、この二日間を何不自由なく過ごすことができた。そのことに改めて感謝しつつ、自分が全く気付くことができなかったサウラーの状況にひと目で気付いたあゆみを、せつなは驚きと羨望の眼差しで見つめた。 「ふっ。何を言ってるんだ、君は。」 強がりを言う傍から、サウラーのお腹がグーッと派手な音を立てる。 あゆみは急いで手提げカバンの中を探ると、可愛らしいピンクのリボンで結ばれた、ビニールの包みを取り出した。 「これ、お父さんへのお土産だったんだけど、あなたにあげるわ。友達が作ったクッキーで、凄く美味しいの。あ・・・ごめんなさい。さっきカバンをぶつけたから、少し・・・いや、かなり割れちゃったけど。」 「なっ・・・こんなものっ!」 あゆみに対して圧倒的な力を持っているはずのサウラーが、口ごもりながら後ずさる。あゆみは臆することなく彼に近づくと、その手にクッキーの包みを握らせ、自分はくるりと踵を返した。 「そんなんじゃとても足りないわよね。あと、飲み物もいるし。待ってて、すぐ持ってくる!」 急いで駆け去っていく少女の後ろ姿を、サウラーはクッキーの包みをしっかりと握ったまま、ただ呆然と見送った。 「良かったわね、サウラー。これだって、あなたにとっては決められた未来じゃなかったはずでしょう?」 「う、うるさいっ!何なんだ、あの女はっ!」 クッキーの包みを握り潰さんばかりに力を込めるサウラーに、せつなが冷静な一言を浴びせる。 「食べておいた方がいいわ。また元の時代に戻って、私たちと相対したいのならね。」 「そんなこと・・・出来ると思っているのか。」 「やってみなければ、わからないでしょう?」 じっと見つめるせつなの視線から、サウラーが目をそらす。そして、森の巨木の一本を見上げると、音も無くその枝へと跳び上がった。 「わっ、逃げたんか?」 「さすがに私たちの前じゃ食べにくいでしょ。」 せつながタルトの言葉にニコリと笑うと、まだそこに座り込んだままになっている少年の顔を覗き込む。 少年は、ズボンの左のポケットをごそごそと探ると、さっきと同じ鏡のような部品を取り出して、せつなの手に押し付けた。 「ありがとう。」 せつなが再び、ニコリと笑う。その視線を受け止めきれずにうつむいた少年は、そのままギュッと細い腕に抱きしめられて、驚きに目を見開いた。 「・・・おねえちゃん?」 「ごめん。ごめんね。あなたが何かを抱えていることに気付いてたのに、何も聞いてあげられなくて。私たちが来たことで、あなたを追い詰めてしまったのかもしれないわね。」 「そんなこと・・・。」 「本当は、お父さんと仲良くしたいんでしょ?忙しくてなかなか一緒に居られないけど、もっといろんな話をしたいんでしょ?」 少年の瞳に、涙が盛り上がる。 「だったら、あなたからそう言えばいいのよ。あなたから、いろんな話をすればいいの。そうやってお互いに歩み寄って・・・」 そこでせつなの声が途切れたのを、少年は一瞬、いぶかしく思う。が、すぐにまた、落ち着いたアルトの声が静かに響いてきた。 「・・・お互いに歩み寄っていけば、きっとお互いの気持ちがもっとわかるようになるわ。そうすれば、一番いい方法が見つかるはずよ。だって・・・」 そう言って、せつなは少年の体を離すと、微笑みを湛えた目で、彼の目を見つめた。 「だって、家族なんだから。」 その言葉に、少年は照れ笑いのような笑みを浮かべながら、しっかりと頷いたのだった。 「おねえちゃん。」 少年が、サウラーが消えた梢をちらりと見上げてから、改めてせつなに向き直る。 「あいつ、おねえちゃんのこと、『イース』って呼んでた。それがおねえちゃんの名前?」 少し伏し目がちになったせつなが、それでも微笑を失わず、静かにかぶりを振る。 「それは、私がかつて呼ばれていた名前。今は違うわ。 ある人と出会ってね、私の未来は変わったの。ううん、未来なんて持っていなかった私が、新しい未来をもらったの。」 「新しい・・・未来?」 「そう。まだ何も描かれていない、何ひとつ決められていない、眩しいくらいにまっさらな未来。そんなものを手にする日が来るなんて、思ってもいなかった。」 せつなはそう言って立ち上がり、一層暗くなった森の奥に目をやる。 「過去ばかり見つめているとね。そんな未来が眩しすぎて、どうしていいかわからなくなるの。だから、私は決めたの。今を精一杯がんばるって。これから先のことなんてまだわからないけど、今を少しずつ積み重ねていくことで、未来を作っていこうって。」 「・・・僕にもあるのかな?新しい未来。」 「もちろん。あなたの中には、未来がいっぱい詰まってるわ。」 せつなは、少年が自分のことを、背伸びした「俺」という言い方ではなく、いつの間にか「僕」と言っているのに気付いて、柔らかな笑顔を浮かべた。 少年の方は、そんなせつなの顔を見て、何か違和感を覚えていた。何だろうと首をかしげて、その正体に気付く。 薄明りに淡い光を放っていた銀髪が、今は光を放っていないのだ。一層暗くなった周囲に溶け込むように、少女の髪が黒々と見える。 少年はそれを、日暮れとともにますます濃くなる闇のせいだろうと、また一人で勝手に納得した。 「さあ、もう遅いから家に帰って。お父さん、心配するわよ。」 「うん・・・。おねえちゃんは、どうするの?」 少年の質問に、せつなは少し考え込む。 「あゆみさんが戻ってくるかもしれないから、待ってるわ。この部品をマシンに取り付けて、状態も確認しておきたいし。」 「・・・。」 マシンと聞いて再びうつむく少年の顎に手をかけ、せつなはグイとその顔を上向かせる。 「大丈夫よ。私、精一杯頑張るから。それに・・・」 そう言って、せつなは少年の耳に口を寄せた。 「・・・いい考えが、無いこともないわ。」 「ホント?じゃあ、大丈夫なの?」 少年の顔が、わずかに明るくなる。 「ええ。だからあなたは安心して、あなたがやるべきことをやって。」 「・・・わかった!」 「なんや、急に元気になったみたいやな~。」 せつなの後ろから、タルトがおどけた顔を覗かせる。 「返すの忘れとった。これ、あんさんのやろ?」 「あっ、そうだったわ。ごめんなさい。」 タルトが、手に持ったものを少年に差し出す。それは、少年が昨日せつなに貸した、野球帽だった。 「あゆみはんがサウラーにカバンを投げ付けた時、中から飛び出したみたいや。ここで渡せて良かったで~。」 「ありがと、タルト。タルトも元気でね。」 「うっ・・・あんさんもなぁ!」 涙もろいタルトの懸命の笑顔に手を振って、少年は森を後にする。街外れの通りまで来た時、彼はかぶっていた野球帽を脱ぐと、その内側に書かれたマジックのイニシャルに目をやった。 (K.T。・・・カオル・タチバナ。) 近い将来、もしかしたら自分の苗字は、橘ではなくなるかもしれない。それでも、自分にとって父は紛れもなく父であり、母は紛れもなく母だと、今は確かにそう思えた。 少年は、再び野球帽をかぶり直すと、今度は立ち止まらず、父の家までぐんぐんと駆けた。もしも父が家に帰っていたら、まずは父とまた、オセロで勝負するところから始めてみよう・・・そう思いながら。 せつなは気付いていなかったが、せつなとタルトが、もう少年とは呼べなくなった彼と出会うのは、それから二十四年と半年ほど後のこと。せつながまだ、まっさらな未来をその手に掴む前のことである。 ~第4章・終~ 新-884へ
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「そういえば」 ふと、思い出したようにせつなが言った。 「この前、美希が腕を組んで歩いてた人、彼氏なの?」 思わずあたしは、飲んでいたコーヒーを噴出しそうになってしまった。 Sunset Walk, My Secret 「大丈夫?」 「へ、平気・・・・・・」 なんとか噴出すような無様なことにはならなかったけれど、あたしはすっかりむせ込んでしまった。 十分、無様か。あたし、全然完璧じゃない。 「あたし、彼氏なんていないわよ」 せつなが差し出してくれたティッシュで口の周りを拭きながらのあたしの言葉に、彼女は首を傾げて、 「でもラブが言ってたけど。あの人が美希の彼氏だって」 「ラブもいたの?」 「ええ。確か、前の日曜日だったかしら。駅前のデパートにいたでしょ?」 思い当たる節はある。 ラブの奴・・・・・・!! 「あれは弟よ、弟」 「弟? 美希、弟なんていたんだ?」 「ま、ね。わけあって、一緒には暮らしてないんだけど、時々は会ってるの。ラブも知ってるんだけどね」 そうなんだ、と言いながら、せつなは自分の前にあるコーヒーカップを手に取って、ゆっくりと口に運んだ。 最近、あたしとせつなは仲が良い。放課後にこうして外で待ち合わせて、一緒にお茶したりしてる。 自分でも驚いてるんだけど、せつなといると楽しい。 彼女がイースだった頃は、正直、少し苦手だった。警戒してた、という方が正しいか。ラブに近付いてるのも、 何かの魂胆があってのことじゃないかと思えて。 ま、実際にそれは正しかったんだけど。さすがあたしの勘。完璧だわ。 けど、キュアパッションとして生まれ変わって、仲間になってからのせつなは、すっごく素敵な女の子。何事にも 精一杯に頑張ってる姿は、見ていて微笑ましいし、あたしも頑張ろうって気になる。 それに、この世界のことをまだよくわかってないから、色々と教えてあげなきゃ、って気になる。 前にせつなのおつかいに付き合った時、マグロが見つからなくて困ってた。パックに入ったマグロの刺身を 取ってあげたら、首を傾げてあたしにこう言った。 「これ、お魚なの? 図鑑で見たマグロと全然違うわ」 って。魚は切り身で泳いでるって思ってた、って子供の話は聞いたことがあるけれど、せつなの場合はその逆で、 どんな魚も魚の姿のままで売ってるもんだと思ってたみたい。 そういう勘違いも、可愛らしいんだけれど、ね。 なんというか、せつなって、母性本能をくすぐってくる。頼りにされると嬉しいし。 だから最近は、あちこち連れまわしてたりする。色んなことを教えてあげるために。 特に、女子力を磨くようなところが多い。せつなって可愛らしくて、あたしから見ればダイヤの原石みたいなもの なんだけど、その自覚が無いのよね。お化粧なんてしたことないみたいだったし。それであの綺麗さなんだから、 ちょっとずるい、って思っちゃうけれど。 そんな風にあたしがせつなと一緒にいることが多くなって、ラブから一度、ブーイングを食らったことがある。 「美希たん、最近、せつなと遊び過ぎ。アタシだってせつなと遊びたいのにー」 いいじゃない、ラブ。あなたはせつなと一緒に暮らしてるんだから。他の時間はあたしにくれたって。 ま、そんなやり取りがあったわけだけど、多分、ラブったらそれを覚えてたのね。だからせつなにあんな嘘を 教え込んだんだ。 まぁ、悪意の無い冗談だろうけれど。ラブのことはよくわかってるから、何を考えてるのかもわかる。ちょっとした 悪戯なんだろうけれど、せつなに言ったら信じ込んじゃうじゃない。 って、あたしもラブに、和希のことを彼氏みたいに言ったことがあったから、おあいこか。 「でも」 またふと、何か疑問に思ったのか、せつながあたしを見つめてくる。 「腕を組むのって、恋人とか、夫婦とか、そういう人同士じゃないの?」 お父さんとお母さんも、時々、腕を組んで歩いてるわ。彼女はそう続ける。 そうなんだ。ラブのところのお父さんとお母さん、相変わらず仲が良いのね。ちょっと、羨ましいかな。あたしの 場合、物心ついた時にはお母さんしかいなかったから。 って、そんなこと考えてる場合じゃなかったわね。 「家族でも腕を組むことぐらい、あるわよ。あたしの場合がそう」 「ふぅん? じゃあ、あの子達も家族なのかしら?」 せつながあたしの背後に目を向けて、そう言った。振り返ると窓の外には、高校生と思しき女の子達が二人、 腕を組んで歩いていて。 どう見たって彼女達は、家族じゃない。 「あれは友達だからね」 「友達でも、腕を組むことはあるのね」 なるほどね、と頷く彼女に、あたしの中の何かが囁く。危険信号、と言ってもいい。 「言っておくけれど、せつな。男友達とは腕を組んじゃだめよ?」 「え? どして? 友達でも、腕を組むんでしょ?」 心底驚いた、といった感じの顔を見せるせつな。あたしは、やっぱり、と心の中で呟く。最近のあたしの勘、 せつなに関してはものすごく鋭くなってる。 「男の子と女の子が腕を組むのは、恋人とか、夫婦とか、家族の間でだけ許されるの。友達にはしちゃダメよ」 「難しいのね」 ううん、と顎に手をやって、せつなは考え込む。そんなに真剣になるようなことでも無いと思うんだけど。 「女の子同士で、友達なら、腕を組んでもいいのね」 「そうね。男の子と女の子が腕を組んでたら、ま、恋人か家族と思えばいいと思うわ」 「それはわかったけれど、じゃあ、男の子同士でも友達なら腕を組んで歩いたりするの?」 う、と言葉に詰まる。やられた。想像を越えてきた。完璧だった筈の話の流れは、せつなの一言で崩壊する。 ええと。ええと。なんて答えればいいのかしら。 「ねぇ、どして?」 首を傾げて純真な目で見てくるせつなは、やっぱり可愛い――――じゃなくて。 ああもう。誰か助けてよー。 結局。 あたしはせつなの問いに、しどろもどろになりながらも、なんとか誤魔化した。 彼女は釈然としない顔をしてたけれど、全部説明するのは難しいし、恥ずかしい。 ようやくせつなが話題を変えてくれた時には、あたしは結構、ぐったりしてた。世間知らずは可愛いんだけれど、 ほどほどにして欲しいわ・・・・・・。 「あ、もうこんな時間」 せつなが腕時計を見て、ビックリしたような声を出す。 窓の外の空は、夕焼け色。せつなといると、時間が経つのが早い――――けれど、彼女が気付いちゃったことが、 ちょっと残念。 実はあたしからは、せつなの背の向こうに時計が見えていた。だから今、何時かも全部、わかっていた。 あんまり遅くなったらいけない、とわかってたんだけど、少しでも一緒にいたくて、ついつい黙ってしまってた。 ちょっとだけ、罪悪感。ごめんね、せつな。葛藤はあったのよ? でも、本音を言えば、もっとあなたといたかったわ。 「じゃ、行きましょうか」 「ええ」 お会計を済ませて、外に出る。ちょっとだけ、アンニュイな気分。 あーあ。楽しかった時間もこれで終わり、か。残念。 ホント、夕焼け空が恨めしい。ずっとせつなといられたらいいのに。 なんてことを考えてたら。 「――――!?」 不意に、右腕に絡まってくるせつなの腕。 「せ、せつな? 急に、どうしたの?」 「え? 女の子で、友達同士なら、腕を組んで歩いてもいいんでしょ?」 ビックリして裏返った声で尋ねるあたしに、せつなは不思議そうに見上げてくる。 「う、うん。確かにそうなんだけど・・・・・・」 右肘には、柔らかい感触。前から思ってたけれど、せつなって案外、グラマーなのよね。しかもまだ大きく なってるって言ってたし。それにしても、気持ちいい。ぬくもりも、その柔らかさも――――ってあたし、何、 考えてるのよ!? 「美希、あたしと腕を組むの、いや?」 無言になったあたしを、せつなは不安そうに見上げてくる。心なしか、瞳がうるんでいて。 あたしは、その問いかけに全力で首を横に振った。 「いやなわけないわ。むしろ、あたしも腕を組んで歩きたいな、って思ってたぐらいだし」 ああ、良かった。空が赤くって。あたしのほっぺの真っ赤さ、せつなに感付かれてないわよね? 「そうなんだ。良かった。美希に嫌われてなくて」 「嫌うわけないでしょ、せつなを」 「ありがと、美希」 嬉しそうに言いながら、せつなはギュッとあたしに体を寄せてくる。ぷにぷに。肘の感触に、あたしの理性は 崩壊しちゃいそう。 ちゃんと言ってあげないといけないって、本当はわかってる。女の子同士の友達なら、そんな風に引っ付いたり しないんだって。せつながしてるのは、恋人同士みたいな腕の組み方なんだって。 ああ、でも。 まぁ、女の子同士なら、おかしくはないかもしれない。ううん、きっとおかしくないわ。たまにそういう風に引っ付き たくなること、あるもんね。うん。そうよ。あたし間違ってない。 完璧な言い訳を自分にしつつ、あたしは。 せつなにギュッと腕を抱きしめられながら。 幸せな気分で、夕焼けの帰り道を歩いたのだった。 ~後日譚~ 「ねぇ、せつな。ラブともこうして、腕を組んで歩いたりするの?」 「ううん、しないわ」 「え? どうして?」 「――――さぁ。どうしてかしらね」 クスクスと笑う彼女に、あたしは。 せつなって、基本さえ知れば、すっごく応用を利かせる子なんじゃないか、って感じて、ちょっと怖くなったりも したけれど。 ギュッ。せつながいつも以上にあたしの腕を抱きしめてきて、まぁいいか、って思ってしまう。 「私がこんな風に腕を組んで歩くのは、美希だけよ――――美希は?」 「も、もちろん、あたしもよ」 ごめんね、和希。もうあなたと腕を組んで歩けなくなっちゃったわ・・・・・・ 意志の弱いお姉さんを許してちょうだい――――
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